虚構日記

数年前に描いた文やふつうの日記を描いております。若干右寄りだったり制服フェチです。

読み切り小説「ある軍人」

※ 中3の時に書いた明治を舞台にした小説です。挿絵はアナログで現在に書いたものです。

f:id:gay8989:20170504130506j:plain

浅草の実家は、東京では名の知れた呉服商家であった。
当然、長男の私は父の店を継ぐことが決まっていた。

 しかし、私は家を継ぐことを、内心良いとは思ってはいなかった。
商売人としてやっていくのは、私の性分に合っていない気がしていたからだ。

そして、他の少年達と同じように、私は陸軍大将になるという夢を持っていた。
幼い頃から私は、町を颯爽と歩く軍人に憧れていた。

特に、陸軍のなめらかな黒濃淡の軍服は、何よりも少年心を揺さぶった。

陸軍の兵隊を見る度に、気がつけば私の目は釘付けになっていた。

母に手を引かれて買い物に出かけるときも、町の兵隊ばかりが気になった。

いつだったろうか。おもちゃ屋の前で、私は母に駄々をこねて、真新しい金色のおもちゃのラッパを買ってもらった。

それからというもの、私は近所に遊びに出かける度に、ラッパを持っていった。

友達との戦争ごっこでは、まるで喇叭卒気取りで、ラッパを下手くそに吹いたものである。
もちろん。おもちゃのラッパであるから、あまり良い音とは言えない。

あの質の悪いラッパの甲高い音は、二十年経った今でも私の耳に響いてくる。


 苦い思い出も、懐かしい思い出と同じように多くある。

小学生の頃の私は、誰が聞いても呆れるような悪ガキであった。

戦地での白兵戦に憧れていた私は、庭に落ちていた木の棒を拾って、奇声を発しながら家の障子をズタズタに破いてしまったのだ。

事を終えて満足した私は、近所の公園に遊びに出かけてしまった。

公園には学校の友達がいて、一緒に電車ごっこをして遊んだ。

しばらくすると、自分の悪戯のことなどすっかり忘れてしまっていた。

夕方になり家に帰ると、ちょっとした騒ぎになっていた。

女中が、気が付いて父に知らせたのだろう。玄関には、父が仁王立ちしていた。

普段から、地獄の鬼のように凶暴そうな面構えの父である。

そんな父の顔を見ると、今にも泣きだしそうになった。

「ゴンッ」

いきなりだった。鈍い音と共に、頭に重い衝撃が走った。頭にげんこつを食らったのである。

私が思わず泣き出すと、父は私の着物の襟首を掴んで、外に放り投げた。

私が中に入ろうとするのよりも早く、父は玄関の鍵をさっさと締めてしまった。

それからは、どんなに泣き喚こうが戸を叩こうが、父は絶対に鍵を開けてくれなかった。

火がついたように泣いている私を、通行人達は呆れたように横目で見ていった。

「どうせ悪さでもしたのだろう。」と言わんばかりの周囲の眼は、小学生にあがったばかりの私を、さらに羞恥へと駆り立てた。

気がつくと、私の頬は真っ赤になっていた。
辺りはすでに夜の闇でうす暗くなっている。家では、もう夕飯を作っている時間だろう。

泣き疲れた私は、鼻水を啜りながら戸に背をもたれていた。

 すると、絶対に開かないはずの戸がガラガラと開いたのである。

玄関の光が外に漏れた。母が、私を心配して、父に黙って戸を開けてくれたのである。

「もう外は暗いから、早く中に入りなさい。」

母の優しい言葉に、また涙が溢れた。玄関に入ると、私はワッと母に抱き着いた。

私の頭を母はずっと撫でていたが、しばらくすると「お父さんに謝ってきなさい。」と厳しい声で言った。

しゃくりあげていた私は、しぶしぶと父の書斎へと向かった。

部屋の前でもじもじしていると、勢い良くふすまが開けられた。

父は、罪人を処罰する処刑人のような顔で、私を冷酷に見下ろした。

何を言うわけでもなく、毛むくじゃらの父の腕は私を中へ引き摺り込んだ。

引き摺り込まれると、無理やり正座をさせられた。
小奇麗な父の部屋をキョロキョロと見回すと、余計に不安感はつのっていくようだった。

 「なぜお前は障子を破いたのか。」

父の低い声が響く。私の腹はキリキリと締め付けられるように痛くなった。

怒られる怖さと恥ずかしさで、父の顔をまともに見ることはできなかった。

私が俯いて黙っていると、父はますます急かしてきた。
「なんだ。お前には、障子をどうしても破らなければならぬ理由があったのか。
ワシにはどうもわからんから、お前の口から説明してみろ。」

早く理由を答えろ。と言われても、私の重々しい口が開くことはなかった。

膝の上に置いた拳に、ポタリと涙が落ちた。それを見た父は、意地悪く私を咎めるのである。

「どうした。なにか悲しいことでもあったのか。」
自分は関係ないと言いたげに、すました声で言われる。まるで他人のようだ。

このまま黙っていては、父もそう許してはくれないだろう。
私の膝は小刻みに震えていた。拳を握りしめると、パクパクと口を動かした。

「・・ごめんなさい。」

 蚊が鳴くような小さな声だった。しかし、父は「よく聞こえない。」と言って、何度も聞き返してきた。

父の執拗ないびりに、私は耐え切れなくなって、また泣きだしてしまった。

嘔吐きながらも謝り続けると、父は最後にこう言った。
「もう二度と、今日のような馬鹿げた真似はしないか。」

そう聞かれて、私は深く頷いた。

すると、いきなりちり紙の束が目の前に置かれた。
どうやら、”さっさと鼻をかめ”という意味らしかった。

散々叱られた私は、ようやく許されたのであった。
そして、私は父の顔をやっと見上げることができた。
黒い髭のおおいしげった父の顔は、いつもよりも随分と優しく見えた。

f:id:gay8989:20170504130815j:plain

 私が中学生に進級すると、幼い頃の私を知る親戚からは、「源はいつもやんちゃだったな。」と、必ず言われた。

その度に私は、あまりの恥ずかしさに、ただただ、俯いて紅潮するしかなかった。

神社で友達とチャンバラごっこをして、神主に追いかけられたこと。

学校の帰り道の高い塀に登り、飛び降りて腕と足を骨折したこと。

近所の川で捕まえてきたヒキガエルを、父の部屋に全部逃がしたこと。

すべて幼い日の苦い思い出としていつまでも残っている。

一度は叱られて反省するのだが、気がつくとまた悪戯をしてしまうのだった。

そして、いつも悪戯をする度に、父に何度もげんこつを食らったものである。